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2012.05.02

『進撃の巨人』の「調査兵団」による偵察作戦が酷すぎる件(抽象的ネタバレあり)

 たまたま士官の方とチャットをしていたところ、余談で『進撃の巨人』の話になりまして、いくら物語であったとしてもあの作戦の遂行を命じる軍人がいたら203高地の乃木希典さんなみのアレではないかという結論に落ち着いたわけです。

 少なくとも、巨人が侵入しても防衛行動が組織的に行われていれば犠牲は出しつつも遅滞は可能という時点で、壁の外に補助防衛用の施設がまったく建設されていないということはあり得ないし、防壁の上にレールを敷き砲台を設置できるのであれば機動防衛が可能なのであって、この世界の住民は壁の中の安住というよりは軍事的無能による人災に尽きるんじゃないかという話で。

 もっとも、架空戦記であり、歴史上の合理性をかなり排除して、特殊な世界観を築いているわけですから、現実的な観点からツッコミを入れてもしょうがないわけですけれども、仮にすべてあの設定の中ですべての構成要素を前提としたとしても、作中で行われている作戦はあり得ないよね、という話でありまして。

・ 城壁を丸く築くな 出丸や塔はどうした

 間抜けなことに、城壁を高く築いても巨人の弱点が分かっているにもかかわらず狙撃ポイントが限定される城壁の上だけが発射ポイントになっている。これはおかしい。城壁は堅牢だが城門が弱い、というのは巨人側も気づいていてそこに攻撃が集まるという設定になっているのであれば、巨人が手を伸ばす高さ以上のところに狙撃用の出丸を構築し、遭遇があれば必ず背後からの狙撃ポイントが確保できれば戦術的に城門を殴られる可能性そのものが減じられるはずだ。

 少なくとも超硬度の金属を鋳造する技術がある以上、出丸や城壁からせり出す狙撃橋、さらに高所から狙う塔の建築は問題なく建設可能と思われますし、駐屯兵団にはおそらく工兵部隊の概念はあるものと考えられる(城壁の上に柔軟に施設を建設している)ことから、防衛作戦を対巨人戦に限定して立てるならば容易に防衛できることは確実と言えます。しかも、ノーリスク。

・ ガスが使えるなら空中索敵を行えるはずだ

 謎なのは、立体機動が可能な装置を人が背負える重量に抑えられる技術があることです。消防隊や、特殊部隊を思い出していただきたいのですが、ワイヤーを使う補助としてガスを用いる技術は本来極めて高度であり(身体の重心を常に確保しつつ高密度で噴出できる技術ができれば、ロケッティア状態で飛行する技術が確立する――はずだが、現実ではまず実現できない)、それが可能なのであれば、ガス推力を利用した偵察飛行艇を建造するのは簡単です。

 飛行艇を建設する技術が発明されていない可能性はありますが、一方で野戦砲および銃器が発明されておりますので、当時の軍人であればほぼ確実に「巨人の手が届かないところに人を送り込む技術を研究せよ」という話になるはずです。だって、陸上をとことこ走っていて8割9割壊滅するような、持続不可能な特攻作戦を展開しちゃう文明ですよ? その損害を考えたら、なんか変な教団が「壁を越える高さにまで人はいってはならない」とか言い出してない限りは、少なくとも試験飛行程度は100年のうちに終えているはずです。

・ そもそも壊滅すんな

 接敵距離も測れずに偵察する馬鹿がいるので困ります。いくら予測不可能な速さで巨人が走る可能性があるからといって、壊滅するぐらい近くに寄る馬鹿偵察部隊がいたら、それはソ連軍です。ましてや、敵は射程がないのですから、むしろ武器は置いて双眼鏡と馬だけで赴くぐらいでなければ駄目です。何のために軽騎兵という兵種があるのか考えていただきたい。

 というか、巨人が地面から湧くのだ、という話なら分かります。あるいは、調査兵団の中に巨人化できる裏切り者がいて、そいつが個別に人間を撃破しているんだとかならギリギリ分かる。でも、壊滅すんな、マジで。威力偵察じゃあるまいし、交戦すんな。威力偵察するのは通常の偵察行為で敵の重要拠点とかそういうのが分かったときだけでお願いします。

・ 周辺地域の地図ぐらい作れ

 巨人は南から現れるとか、アバウトなこと言ってねえで、出現頻度が少ない方角や、人間の居住区から流れ出る川や地下水脈の湧き出るところとか、そういうところから地勢をちゃんと分析して、見渡せる尾根とかそういうのをちゃんとマッピングしないで何が調査だ。つーか最終調査ポイントすら最初に決めてなさそうで、巨人が出ないところを縫って走るとか、本腰の馬鹿ではないだろうか。巨人よけて遠くまで行けばOKとか、失った領土のピンポイントの地下室へ向かおうとか、その前にやるべきことが山ほどあるでしょう。

 城壁を高く建設し、巨人が入れないぐらいの硬度の素材が作れるんだったら、ちゃんと機動防衛が出来るような戦車かそれに近しいものを作ったり、索敵用の拠点ぐらい堅牢に建設しておけよ。そういう当たり前の偵察と、それに基づいた情報収集拠点ができてないから全滅するんですよ。

・ 大人数でいくな

 見つかるに決まってるだろ。斥候出すのに100人で逝くとか、お前らはイナバの物置か。測量機器とか持って逝ってるのか。単に全速力で走ってるだけじゃねえか。つーか荷馬車まで出てるじゃないですか。どっか野宿でもするつもりだったのか? 昼間でも襲撃受けて全滅するお前らが、夜襲も恐れず継戦能力考えて補給部隊だと? 作戦と装備がマッチしてねえんだよ。

 いいか。情報収集って言うのは一足飛びにやるものじゃねえんだ。まず視界確保、そんで橋頭堡建設して、進出ルートの安全を確認しながら、視界外の測量を進めて、兵員の損害をなるだけ出さないように少しずつ索敵範囲を広げていくんです。城壁作る能力があるんなら、組み立てパーツを街で作って運び出して短期間で建設することぐらい考えて欲しいものです。荷馬車出すんだったら、なおさら。なんで巨人避けて奥に逝くんだ、バカタレが。

・ 城壁高くするだけじゃなくて堀を掘れ、水を張れ

 城壁だけ高くして、馬鹿だねほんとに。むしろ、掘れっていう話です。深くなくていいから、遅滞を狙ったり、敵の集中を阻止するためにも堀を掘ってください… 頼むから。100年間何してたんだよ。水源もあるんだろ。水でも張っとけって。遮蔽物になるのが嫌かもしれないけど、土嚢もところどころ積んでおけってば。サボりすぎだろ人類。

 ぶっちゃけ、作中に出ている設定や生産力を考えるに、これなら巨人に楽勝なはずです、人類は。相手は道具は使わない、弱点は分かってる、組織的活動は特にしない、と負ける要素がまずない戦争だっていうんです。頼むから、掘ってくれ。城壁だけ高くするんじゃなくて。それも、ぐるっと掘るだけじゃなくて、どころどころ掘ってくれ。井戸掘る技術あるんだろ。城壁高くする建設技術もあるんだろ。掘れ。いいから。

・ もっとちゃんと捕獲しろ

 ソニーとビーンとか二体だけじゃなくて、きちんと捕獲作戦をやって研究しとけって思います。っていうか、穴を掘らないから捕獲ができねんだよ。相手は巨人同士で協調しないんだから、サイズ別に落とし穴でも掘っておけばいいんです。なんか視界が確保できない森に入って女巨人拘束してるけど、そんな敵地で鹵獲したってしょうがないでしょう、持ち帰れないんだから。あれができるんだったら小さい巨人だけ穴に落として捕獲するとかちゃんと作戦立てて計画的に敵の研究しなかったら被害減らないだろ。

 あと、作中に指揮官らしき奴らが誰も語ってないのがアレだけど、ちゃんと敵襲予測は前線で回してるんだろうな? なんで気がついたら毎回スクランブルで、こっぴどく叩きのめされてるんだ、人類は。巨人がたくさんやってきてるんだったら敵襲は視認できるレベルじゃないのか。それもこれも、きちんと前哨拠点を建設していないから奇襲を受けるんだ。南から来るのは分かってるんだろ。

 全体的に、この作品は軍事側の危機管理や交戦ドクトリンがなっていません。刃物で何か弱点を切り落とさなければならない、という意味の良く分からない設定をすべて丸呑みしたとしても、できることが山ほどあるじゃないか。それも、損害を減らすためにどれだけの努力をしてきたのか理解するための最低限の設備すら建設されていない。なんか稼動のために必要なガスとか町の一箇所に集めて管理してて分散化してないとか、大和朝廷のお米じゃないんですよ。巨人の襲撃とか関係なく、何かに引火したら大惨事になんだろ。侵入許して巨人に補給拠点を囲まれるとか描写があって、馬鹿さ加減に読んでるこっちの血圧が上がったわ。そら死ぬやろ。馬鹿すぎて。

 場当たりすぎるし、戦果を急ぎすぎるんだ、この作品は。地下室に秘密があるらしい、みんな急げー、って小学生のサッカーかよ。準備しろよ。投入した戦力が損傷しないような作戦を、2年なり3年なりかけて作れっていうんだよ。城壁が破られたら後退だーとかって、お前のところの文明はアルミサッシしかない家みたいなもんなのでしょうか。仕切っとけ、中の城壁は何枚にも分けて区切っておけって言うんです。危ないだろ。一箇所城門が破られたら次の城門まで全面的に領土が取られちゃうとか、信長の野望じゃねえんだからよ。城壁が建てづらいんだったら水張った堀でいいでしょうに。つーか、巨人は行儀よく建物と建物の間の道を通っていらっしゃるんだったら他にも建物を防壁や誘導路にする方法だってあります。空中庭園でも造っとけばいいんです。

 そもそも地下道ぐらい掘ってください。お願いだから。あんな高い城壁作れるんだったら、巨人が通れない高さの地下道掘って回廊作れば避難路も用意できるでしょうよ。鋳造技術あるんだろ。石造りの建物を作る技術あるんだろ。ええい、人類側の知恵の足りなさがむかつく。お前らなど巨人に食われて絶滅してしまえよ。ああ、余裕で勝てる戦争が、馬鹿のお陰で負け戦とか、まるで西武のリリーフ陣にリードを託す先発投手のようだわ。腹立つ。

 8巻が待ち遠しいです。


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    やまもといちろう

    ブロガー・投資家・イレギュラーズアンドパートナーズ代表取締役。
    著書に「ネットビジネスの終わり (Voice select)」、「情報革命バブルの崩壊 (文春新書)」など多数。

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