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2011.03.31

東日本大震災の気分的総括について

 まだ初動対応は終わっていない、という気持ちもあるけど、11日に震災が起きて一応は約三週間経過したというのもあって、個人的に考えていることの総括の項目出しでもしようと思います。ありがたいことに月刊誌からも寄稿のご依頼を頂戴していたのですが、この手の話題を披露して原稿料を貰うようなのは流儀じゃないのと、いますぐ書いてアップしてしまうことで一刻も早く自分の気持ちに整理をつけたいというのがありまして、ブログで書くことにしました。

 最初に書いてしまいますが、理性では「大丈夫だろう」と思っていても、いまだにとても不安です。それも、誰かと分かち合えるような不安ではなく、また、自分の生命に対する不安ではなくてですね。

 もし同じような災害に遭って、愛する家内や私の息子たちが冷たい波の下に沈んでしまったら私の人生のその後何を糧に暮らしていくのかとかいう、意味はないけど拭い去れない「たられば」の不安と、私たちが営々と築き上げてきた我が国の社会における信頼や価値というものが震災復興の困難な長期化によって崩れ去ってしまうのではないかという不安、また、戦後と同じように復興していけばいいじゃないかという楽観論の裏側にある若者が少なくなっていていまの社会に復興させられるだけの活力が残っているのだろうか、私たちは次の世代にきちんとした社会を引き継ぐことができるのだろうか、という不安、などなど、結構複合的なものが来ているのです。

・東電が一日にしてJAL化したこと

 投資をやる人でなくとも、東京電力といえば誰しもが知っているディフェンシブな企業であり、安全神話とかいう安易な言葉では語り尽くせない社会の軸の要素のひとつだったと思っています。そうじゃないよ、それほどでもない、と否定したい人がいるかもしれませんが、東京電力が電気の供給を完全な形ではできなくなったことで、どれだけ私たちの生活の切り下げを余儀なくされ、不安を抱えることになったのか、きちんと向き合う必要があると思います。

 日本航空の場合は経営不振は誰の目にも明らかで、あるいは日本郵便、あるいは日本国有鉄道といった、こりゃどうしたもんかと皆が思う中で、政治がようやく踏ん切りをつけて処理する問題というのがありましたが、東京電力に関しては、文字通り一日にして経営が困難に陥るだろうことはモノを知る慎みある社会人ならば誰もが予見でき、また恐怖であるとも感じています。

 私たちは、東京に住む住まないに関わらず、それなりの金額を上乗せして電気料金を払い続け、この負債を贖罪のような形で解消していかなければなりません。東京電力に対して怒ったって始まりません。後悔してもダメで、これから一歩一歩、放射性物質と共に歩いていく必要があるのです。

・意外に日本人に優しい外国人

 日本人が思っているほど日本人は嫌われていないことは、海外に頻繁に出かける人であれば良く知っているとは思いますが、思っていた以上に外国人にとっても日本の今回の震災と、日本人が味わった苦難というのは共感を呼んでいました。

 いままで無理をして援助大国できた我が国の最後の輝きなのかなあとも思いつつも、意外なところで信頼され、また慈悲の対象となっていたことは、比較的外人とのお付き合いの多い私にとっても思った以上の出来事で、もう何年も連絡を取っていないような外人から突然メールやskypeで励まされたり、状況を聞かれたり、必要なものはないかと問われたり、モノを送られたりというのは、やはり来るものがあります。

 問題は、そういう日本、日本人に対する信頼感に今後どう応えていったらいいのか、また、次の世代、その次の世代へとどう引き継いでいったらいいのかを考えることです。グランドデザインと一言で言えば終わってしまいますけど、そのぐらい、私は重要なことだと思っています。

・この国の形とか

 地震や津波の被害が明らかになりつつある中で、結構早い段階で、感覚として「あ、戦後が終わったな」と思いました。何で? と言われると、結論を論理的に明示することもむつかしいのでしょうが、私は日本の歴史の中で繰り返されてきた秩序の崩壊期から再編期に入ってきたんだろうと感じています(東京大学の坂野教授の影響が強いのですけど)。

 必要なことは、議論することです。それも、繰り返し繰り返し、思うことや考えつくことをひとつでも多く、一人でも多い人たちが声を上げて議論してコンセンサスを作っていくこと、生産的で建設的な方向に進んでいくことだと思います。

 国が形を決めるのではなく、国民が国のあり方を決めるのだろうと思うので、財政や行政システム、中央と地方、法と国民、憲法と安全保障といった、枠組みを一つ一つ詳らかにしていくこと以外に、文字通り日本人のこの困難を乗り越えていく方策を見つけられないだろうと。

 そのために、国というフレームワークをどう使っていくのか、という議論にしていくことが肝要なのだろうと個人的には考えています。

・ソーシャルメディアは役に立ったのか

 各論に近いですけれども、今回は大本営発表といいますか政府の公式発表の受け皿がいわゆるマスコミだけではなくなり、国民同士が自在に情報を流通させる土台ができてきました。これ自体は、とても素晴らしいことだろうと思います。

 その上で、国民が何かを知りたいと思ったときに、正確でタイムリーに情報を提供していくための手段としてのソーシャルメディアの強みと課題をきちんと整理しておくことは極めて重要になりました。というのも、従来のマスコミに比べて、一個一個の情報の粒度は小さく、正確だったとしても情報を求める人に適切な形で情報が流通していかないこともまた、大きな問題だと認識できるからです。

 恐らくは、既存のマスコミとの補完関係を保ちながら、ソーシャルメディアの枠組みも成熟していくのだろうと思いますが、やはり従来の法制度や慣習の枠組みから一足飛びに進められるものではなく、少しずつ問題を消化していきながら成長していくのだろうと改めて感じました。

・東電の総括、ひいては日本組織の人事について

 話はやや戻る感じになりますが、我が国の組織や制度運用についての側面で、東京電力はひとつのモデルケースとなりました。簡単に言えば、現場から離れている人が昇進するため、問題が起きたときに組織として対処する能力を著しく欠く、という構造的な欠陥であり、例えばこの問題が他の大組織で起きたとしても、やはり同じように右往左往して問題の解決に至る道筋は遠かったのではないかと予見されます。

 組織が大きければそのガバナンスが複雑になり、外部からのショックやストレスに対して迅速な対応ができなくなるというのはある意味で宿命ですが、じゃあ東京電力のような巨大システムを運用し、数千万人のオーダーに対して電力を供給するインフラと膨大な処理を実現するのに機動的な組織は適用できません。

 解決をしていくための問題の所在はどこにあるのか、それを処理するためにはどのような優先順位で組織を動かしていかなければならないのか、といったリスクマネジメントがどうという以前の課題であって、たぶん、大組織には然るべきチェック機能がきちんと働き、相応の人物が相応のポジションに就く仕組みができなければ、同じ問題を起こすことになるのでしょう。

・国民背番号のようなもの

 いろいろな議論はありましたが、真面目に社会の経済効率やリスク回避を考えると国民を管理する方法については合理的な方策を採用する方向で考えたほうが良いように思いました。

 議論の呼び水が災害であるというのは情けないところですが、歳入庁の議論と同様に、私たちが私たちの抱えている問題を解決していくためには、新しい国民の管理システムが必要なのかなあと。まさか役場がバックアップごと津波で流されて、どこの誰がいなくなっているんだか判然としないというような問題が起きるとは思いませんでしたが。

・政策として、何を棄てるべきかの議論(何をするかではなく、何をやめるか)

 大前研一せんせが最近張り切って、海沿いの町は復興すべきではない、というようなお話までしておられましたが、その辺はまあ極論かなあとしても、今回の輪番停電などでも分かるとおり、いままでどおりすべての国民の生活レベルを維持することができないということがはっきりしたのも今回の災害です。

 これで復興国債でも出て、その財源はどうするんだよという議論も出てくるわけですけれども、震災がなくともこのままでいけば六年から七年ぐらいで国債の消化は厳しくなるのではないかと霞ヶ関方面では推論されてきました。

 いままでは、全産業を守る方針できたわけですけれども、成長戦略を考えるにあたっては重点的な政策課題をきちんと設けて、海外に依存するなど棄てる部分は棄てていく改革に着手していく時期が来たのだと思います。

・停電と高層ビルどうすんだよ

 地震や津波で一次被害が凄かったわけですけれども、恐らく次の四半期から不動産価格の急激な下落に見舞われたことが明らかになって、最終的な損害額は結構な金額になっていくと思います。全体では20兆どころではないのではないでしょうか。

 一番大変なのは、電力の不備によって、潤沢な電力供給を前提とした高層マンションなどの高付加価値な物件が極端に下落していく可能性で、ぶっちゃけ東京近郊のタワー型マンションとかで自力発電の設備がないと、上層階に住む人は帰宅できなかったり空調が使えずに高温になったりしてしまうでしょう。

 高層ビルに限らず、電力が充分に供給されるということが当たり前として組み立てられている財やサービスが文字通り溢れ返っています。東京電力が頑張って、また私たちが節電に凄く協力したとして、やはりそういうものは問い直す必要があるでしょう、と。

・科学と人情の差

 東京電力や保安院が情報を隠しているとか、官邸の説明は不十分だ、不安だ、という話はたくさん出ました。私も不安ですから、あまり人のことは言えませんけれども、少なくとも理屈においてはかなり正しい説明を行っているにも関わらず、科学者は「絶対」という言葉を使わない以上、人情として「絶対」の安全を宣言して欲しいニーズを叶えられず、じっとりとしたパニックがゆっくりと拡大していく、という事例が今回とても多かったように感じます。

 一連の官邸の危機管理が良くなかったかどうかはまだ判断がつかないわけですが、少なくとも原子力発電所は爆発してしまったわけで、やはり感情においてはこの手のトラブルが与える影響を科学がしっかり受け止めていられないという怖さはあります。結果的に、池上彰氏がテレビで解説したほうが、東京電力の記者会見による報道より不安が治まるというのは結構衝撃的でした。

・不安の大安売り

 一方で、やはりガセネタは多かったように思います。かくいう私も、ヨード剤がなければうがい薬を飲めばいいという文献を信じて拡散しちゃったりして反省したわけですが、善意に裏付けられた不安によるデマの拡大と、恐怖を煽って情報を売ろうとしたりワイドショー的に被災者や事件を扱おうとするマスコミは結果として本当にろくなことをしなかったと現段階でも思います。

 これが報道統制の結果だったら政府批判をしておけばいいんでしょうが、実際には報道の公開性や自由を求めている人たちが不確かな情報や推論を元に積極的にガセネタを流してきたことはまことに忌むべきことであります。自戒の側面もあります。ただし、今回とても良く分かったことは、情報は受け取るばかりではなく、発信もまたしており、そこにどう裏づけと責任を考えていくべきなのかという行動倫理のようなものでありました。私も、今後はなるだけ慎みたいと思います。

・知識人の世代交代

 おまけですが、結構尊敬してきた我が国の知識人の皆さんが、今回の震災でパニックとなり、冷静とはいえない発言や、冷静とはいえない行動や、冷静とはいえない主張をしておられ、極めて残念に感じることがままありました。いや、不安なのは事実であり、私も不安ですから、いまも東京に居て何かあったら家族をどう守ろうかと思案するわけですけれども、恐怖に直面して知識人が率先してパニックになって読者と一緒に動揺しているのは見ていてとても悲しくなるわけです。

 一方で、これから実績を上げていこうと考えている若い研究者や言論人には、落ち着いている人が多かったように記憶しています。冷静に報道に向き合い、情報を整理してコンパクトに提供し、論点を絞って思案しているのを散見しました。

 これらを以って「地が出たな」と難ずるつもりはありません。平時に優秀な人が非常時に使い物にならないというのは、その人の向き不向きにすぎませんから。ただ、自身を客観視してパニックに陥っているなあと思ったら、少し静かにしたほうが周囲から失望されずに済むのかなあと個人的には感じました。



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Comments

まずは、人が集まることだよね。今の日本って、バラバラすぎる。人が集まる行事を自粛させるってのが一番愚か。いろんな人を見て、人が多いところに身をおいてみればよくわかることの方が多い。で、人と人とのつながりを感じればいいんだよね。

あと持てる力がある人は、力を持て余さないのこと。それと、自分の力って、口先しかないみたいなのが一番困る。そういう人には、人が離れていくだけでしょ。金の切れ目が縁の切れ目よってことが多々起きるだろうね。

興味深いのは東電の株を最終的に誰が、あるいはどのようなグループが買いまとめるのかな。株主の影響力が強く新しくなるなら、今の経営陣は追放してもらいたいものだ。廃炉コストの計算しかしていなかったみたいだし。それと、廃炉のことは、ちゃんと解説しないと、あとで大問題になるだけだと思うけどね。そもそも、地震大津波で被害がでたのだから、さっさと廃炉方針にできなかったのは、金優先だったんだろうな。

そうそう、うちの排水がつまってて、自力でえっちらなおしたけど、歩いていて、排水のところをなおしている業者の立ち聞きを軽くしたけど、他でもあったらしい。地面の中でも、軽い被害はおきてるとなると、梅雨の時期になると、あふれる下水管とかでてくるかも。排水管の中って、まっさらじゃなくて、人間の老人の血管みたいに、ドロっとしたのが付着していたり、それが、ゆさぶられて、ふさいでしまうことはありえそうだよね。まぁ、わからんけどね。

とりあえず、生身の人と人が集えれば、よくなっていくと思うよ。

「戦後が終わった」は慧眼です。
賛同が多いな。震災をネタに喰いたくないのはその通り。

>結構尊敬してきた我が国の知識人の皆さんが、(中略)冷静とはいえない発言や、冷静とはいえない行動や、冷静とはいえない主張をしておられ


おっとノビーの悪口はそこまでだ

初めまして。
Twitterからとんできましたが、まさに正直にまたよく冷静に見つけられていると思います。
私は福島県の生まれですが今回の件で自分のふるさとの県が無くなっていくようで非常に感情的に落ち込みました。特に小学校のときから「なぜ、東京の人たちのために危険を受け入れるのか?」ということが理解できなかったので。
震災後、もっともな発言も多いのですが、ことマスコミや評論家の皆さんたちは、何かを攻撃するだけで、見ているだけでうんざりしていたところです。
石原都知事が失言というのもありましたが、確かに、無限のもののように感じていた電気エネルギーや無駄遣いの生活に、そろそろ気づくべき警鐘が鳴らされたようにも思います。それにしてはあまりに重い代償ではありますが。
さらに「絶対」は絶対に無いことも、また「現場」と「経営」の分離が危機の際にますます統率の取れない事態を招いてしまったこと。まさにそのとおりです。

>日本の歴史の中で繰り返されてきた秩序の崩壊期から再編期に入ってきた

もう一度できるのか、本当にできるのか、再度、エネルギー問題も含め、生活のしかたも見直さないと日本、いや地球そのものが思った以上に早く滅びるかもしれないという危機感を強く持ちました。

隊長はもっと理性的で
良い意味でマシンライクな人と思っていたんですが、
予想外にヘナチョコですなあ。
それとも、結婚して悪い方向に色々変わっちゃったんですかね?

ノビーはもともとヲチ対象だろ

今まで約束されていた「安全な未来」をこれからは
我々で作っていかなくてはならないということでしょうか。
事なかれ主義と先送り体質で誤魔化してきたせいか、この国の上層部にはイザという時の実行力が全くないというのが露呈してしまったように思えます。

ただ、今死にかかっている地方などが活性化できる最後のチャンスとも思えます。
アテにならない中央政府に期待せず、今最後の力を振り絞って地方が行動を起こすべきでしょう。
何にしても、子供たちに明るい未来を与えるのが親の役割だろうと思って頑張ろうと思っております。

ごめん、長すぎる。野球ネタ1球団でこれと同じくらい書けたら尊敬する。

海外から同情の声が上がっている反面、原発事故が日本のイメージと重なりつつあり、日本製品を控える動きが始まっています。
原発事故が問題ないレベルまで収束するのにまだ相当の年月がかかると予想される中、日本がそのイメージをどうやって払拭していくべきなのか心から心配です。

まもるものができて迷いを生じる。かw

所詮、自分の命もただの偶然・幸福。

まつわる金も係累もw

だいたい係累を世界全体としてないところで、
自分の程度がしれるでしょう。
そこで満足すべき?

国家のリスクマネージメントは必要だけど、背番号制はなぁ。プライバシーの保護とか低レベルな議論を差し置いても、いろいろと問題があると思うよ?
以下、抽象論だけど

メリット

・リスクマネージメントが補強、推奨され、効率的な社会運営が可能になる
・既存の非効率な社会運営により、理不尽な偏見を持たれている人々への蔑視を軽減する効果がある
・ベン図統計的な社会政策が推奨され、政治的な選択岐が増える可能性がある

デメリット

・機会の公平を推奨する政策と抱き合わせで実施しなければ、富豪層の経済的な力を強化するとともに、その説得力を軽減するという効果がある
・国民一人一人の行動に対して社会的なラベル付が発生するため、何かの倒錯により不のラベルに価値が生まれるようなことがあれば、それが推奨されてしまう。アメリカの貧民層に、刑務所に入れられることを勲章とする人々がいることなどがいい例
・当然、自己責任の意識は国民全体に刷り込まれる。これは個人の努力による社会的成功への期待感を煽るので、それに失敗した人々の挫折感を過剰に強化してしまう。機会の公平が徹底されなければ、ここに不平等感が蔓延して、犯罪の増加につながる
・リスクマネージメントは社会の末端にまで意識が徹底されないので、細分化した下層市民は悪魔化、本質化される恐れがある。また下層市民同士の接触があれば、ここに以前の社会以上の偏見が発生する恐れがある。たとえば、手柄をあせった警官が、適当な黒人を犯人に見繕ってしまうなど
・機会の公平性が徹底されていないこととの抱き合わせが原因ではあるが、アメリカの犯罪率はリスクマネージメントの浸透により確実に増えている。現在、アメリカの20代の黒人の三人に一人が刑法による処分を受けている(注・実際に収監されているのは9人に1人ぐらいだった気がする…
・国家がデータベースを保持したとき、これの運用の適正さを市民が可視的に審査するのが難しい。これにはプライバシーの問題がかかわってくる。
さえない例だが、日本の一部の商店街に設置している監視カメラのモニターが、実は警察署のなかにあったりする。犯罪防止のために監視カメラを導入しても、個人情報で守られた市民を、商店街の関係者は直接監視できないため。ゆえに警察が恣意的に監視映像を曲解しても、攻める者なし、打つ手なし

どんなに優秀だったとしても、年には勝てないのかもしれません。
持ってる知識、経験はすごいんでしょうけど。
物事に対する認識力なのだと思いますが、年とると、どうしてもそれら能力が落ちてくるのだと。落ちたものから出される判断は、ある一点においては上手くできても、それ以外は、もはや優秀とはほど遠くなるのかもしれません。

僕の知ってるお年寄りは、今回の報道で、これからの原発の安全対策とか、その他災害対策とか、今報道されてる原発の現状を予期して、その対策とか、いろいろ考えてましたよ。
それを聞いていたので、報道される政府、東電対応の遅さに恐怖を感じてしまったしだいです。これやんないと、あれやんないと、なのに何やってんの、バカかよと。
非常時は、あらゆる手段を同時進行でやる必要があると聞いていて、また、全て報道されてるわけでない事は、わかっていたのですが、報道聞いてると、これがダメだったから次ぎあれ、それダメだったので、その次はこれ。そんな感じだったので、続く地震とあいまって、僕は若いんですけど焦りまくってましたね。
知り合いも、東京含め、関東圏には多くいるので、原発、防災対策ちゃんとやってほしいものです。

あと、それにつけても停電いらねええええええええええええええええええええええ
さっさと、かつて2003年に日本全国の原発を一斉停止したときのように各企業と調整契約を結んで、電力供給を通常運転に戻せよ!
関東圏の各企業も困ってるだろう。ここに日本のGDPの三割があるんだぞ。こんなことしても、東電はまだ経団連の中でお高い椅子に座れるんだろうか…。
国際競争力のある企業が団結して、東電に厳しく当たらないと、そろそろこいつら日本のお荷物になってるじゃん。太陽光発電の世界一位の技術を政治的につぶされた東芝とか、将来的に電力自動車の開発を邪魔されたくない自動車会社に期待したい
国民になんざ期待できないから

電力の自由取引制度の整備と、電力買い取り制度の見直しで、東電を送電線管理会社にスモールダウンしてほしい

はじめまして。ツイッターから来ました。
私も同じような不安を感じています。
戦後が終わったという言葉は、職場の同僚との会話の中で出ました。

大きく言えば政府や東電だけではなく、快適さ、便利、利益などの同じ未来を「安全神話」のもとに夢見てきたのは大同小異私たちも同じで、災害(というのは悲劇でしたが)によってその破綻があらわになったのだと思います。

上の方の「今まで約束されていた「安全な未来」」という言葉が象徴的です。その「約束」はただの夢にしか過ぎず、地震後の各々の対応や反応はぎりぎりまでどこかその夢にしがみつこうと、あがいていたかのようです。

安全な未来や幸せは、誰かに約束してもらうのではなく、自分たちで作り出すもの。こんな当然のことを今更ながら思い知らされる。誰かを批判するだけではなく、
今までの自身の生活のあり方を問い直し、できることを変えていく力が必要だと思います(今までの街が明るすぎた、など)。

私もこちらに来て、自分の考えを少し整理できたようです。ありがとうございました。

確かに結婚して丸くなったなと思うけど
悪い面ばかりじゃない
昔のアカギみたいな隊長も好きだったけどw
こういう言い方は烏滸がましいけど
今の隊長と色んな話してみたいと思うもの

係累を守ることが世界を守ることに繋がります。
隊長守るべき家族がいることは隊長に良いことでしょう

何故原発なのかという根っこをまず皆に明確にして
覚悟を決めよう、そんだけ。
 
被災者の方々は生きてさえくれたらいい
辛く苦しいだろうが、今はとにかく生きている事、それだけ。
金はある奴が出す、そんだけ。
 
狭い日本だからこそなんとかなる。 
 
 
 
とはいえ放射能は逃げるしかないんだろうけど。

いろんなものが電気に頼りすぎなのを実感してます。巨大な軍隊はどのように統制されてるんでしょう?

>復興国債でも出て、その財源

食品や生活必需品を除くモノの消費税を上げますか?
特に省電力じゃない家電や、贅沢品(ブランド品)
コレなら世論の理解は得られるかと。

なるほど。この不安感はそういう事か。隊長さんとおんなじこと感じてるのかもしれない。色々と腑に落ちました。

もんじゅもヤバくて、去年の8月から爆発を必死で留めてる状態だったなんて昨日知ったよ。
九州勝ち組。

「不安」についてこんな取り乱しているのは、単に無知のたまものです。
もし暇ならハイデガー『存在と時間』あるいはキルケゴール『不安の概念』を読まれるとよろしいかと。ビジネスで忙しくてなんでも合理的思考の対象としなくては気が済まないのかもしれないけれど、上記のあまりに有名な本は「不安」が思考の対象にならない人間の存在の独特の様相をもっていることを書いた古典。
あるいはこの点は普通の臨床心理学でも不安を説明して解消はできず、話を聞いてあげることしかすべきではないというのはPTSDの常識。
教養のなさすぎは目を覆うものがあると思います。
放射能等を思考の対象にするとき、実は放射能等の「不安」を思考の対象にして、思考できないものを思考している愚かさに陥っていないか、もっとましなことを書けないか再論お願いします。

そうか、戦後が本当に終わって
新しい物語を作らなきゃならなくなったんだなぁ
大変だ(人ごとじゃないんですが)

「気分的総括」ということなので気分の話を。

うちも港区で幼い子供二人育ててるんだけど。
あの日、まるで船に乗ってるみたいに大きく長く揺れた直後、大急ぎで自宅に戻ったら、カミサンと子どもたちはまだテーブルの下で脅えてた。

そのシーンが家族を守るオスの本能を呼びさましたのか、2週間くらいはテンションが高く、仕事しながら情報収集しまくった。このところちょっとへこんでるのはその反動かもしれない。

でも、今回のことで日本人は、以前にかんべえさんが言っていた「ストーリー」を手に入れたように思うんですよ。
震災以前は、この国を立て直さなければいけないことはわかっていても、自分が痛みを引き受けることは納得できなかった。なんで俺だけ損しなきゃいけないんだって、そう思って当たり前の状況だった。
でも今は、国を立て直すためなら相当な痛みを引き受けてもいいと思う。そういう人が大勢いる。これ、ストーリーが出来たからでしょう。

「巨大地震」と「大津波」と「原発事故」。
海外からの温かい応援。
そしてあの風景。
物語のオープニングとしちゃ凄くないですか?

今回の件は子どもがいるいないで随分と受け止め方が違うと思う。
無知だから不安なんじゃないよ。
突然様々な負の遺産が降ってきて今の自分達の力で本当に
子供たちの未来を切り開いていけるんだろうかという
自分自身への不安が大きいんだと思う。
もう少しすれば状況は落ち着いてくるから、
そこでようやくじっくりと考えられるんじゃないかな。

>・停電と高層ビルどうすんだよ
これについては概ね禿同。まぁ欧米行ってると「人間贅沢しだすとキリがない」という言葉を思い出すしね。日本人は良くも悪くも、戦後は金もうけと消費に邁進してきたんだなあと。

 東電の話は「この国の形」とかなりリンケージしてると思う。金もうけと消費にもリンクしている。
 うちは親が昭和一桁で戦中戦後の苦労は聞かされて育ってるのもあるんだろうけど、今、政府も東電も中枢部にいるのがいわゆる「学生紛争世代」というのが実は対処が遅い理由の精神的根幹にあるんじゃないかと感じる。妙に米軍とかアメリカが差し伸べてくれた手を払いのけたがるとか。平時の感性で危急時を乗り越えようとするところとか。
 その前後の世代は安保も歴史として俯瞰できる立場になりえる為に、却って冷静に対処できるンとちゃうか。まぁパニックになりやすい若い世代は、気の毒だとは思うけどね。
 東電も含め、大組織でも、一昔前ならこういう危機は過去の乗り越えてきた危機から対処は見当ついてたんだろうけど、平時だけしか経験してないとねえ。

>結果的に、池上彰氏がテレビで解説したほうが、東京電力の記者会見による報道より不安が治まるというのは結構衝撃的でした。

これはやっぱり、原稿を読み上げる記者会見より、ちゃんと理解して、さらにかみ砕いて説明できる、という学習力と伝達力ってやつかな。報道担当者にはそういう能力が必需品ということで、適材を掘り出すとか教育するとか配置するとか、組織の努力を望みたいところです。

あとは、会社の不利益を隠すんじゃなく、事実をパニック起こさずに伝える事が出来るように、危機管理をちゃんとできる、社会に対する処理能力と誠実さと謙虚さというもを、ちゃんと経営陣にもっててもらいたいというか。

 ああ、あと、隊長には「愛する家族がいなくなったら俺どーしよう」的不安感じゃなく、「愛する家族のためにも社会が危機にあったらお父さん頑張るからね!」的たくましさをキボンヌw

 あとは、だれとはいわんが、この危機に乗じて甘い汁を吸おうという利権的意思は、やっぱ危機を増幅するのでお断りという感じですなあw

>>中村公政
俺もその古典を読んだことあるけど、合理的な思考と不安を対峙させるような内容じゃなかったと思うよw
あれだ。読む人にもよるんだな(笑)

読み応えありました。
勉強が出来ると賢いは異なる。
東電も然り、か。
某評論家の講演、もう20年以上も前か、会社でありましたが、ご両親を引き合いに出し、御堂は無学だったらしいが、賢かったとの思い出を語られていたのを思い出します。
今回も、津波から高台に逃げた人は、賢かったということでしょう。運だけでは語れない。
とりとめないですが…。

島国大和さんのブログ経由で来ました。

私の感想は「戦後が終わった」というよりは
「まだ戦後の体制を引きづってたんだ」でした。

冷戦構造のあおりによる日本での原発推進と
テレビ(民放)を使った大衆統制が根っこではつながっていて、

経済成長を錦の御旗に掲げ、地域振興対策という名目に支えられ、
オイルショックをカンフル剤にし、地球温暖化を追い風にして
ここまでなんとかうまいことやり通してきた(隠してきた)
原発幻想が一気に崩れ、あらゆる問題点が表面化したのかなと。

この戦後処理は長く険しい道のりになるでしょうから、
疲労し過ぎて思考停止せずに議論をしましょう、
批判や愚痴でなく前向きに討論をしていくことが肝要でしょうね。

「あ、戦後が終わったな」
総括はえーな
本チャンはこれからだよ はーと

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    ブロガー・投資家・イレギュラーズアンドパートナーズ代表取締役。
    著書に「ネットビジネスの終わり (Voice select)」、「情報革命バブルの崩壊 (文春新書)」など多数。

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