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2007.11.16

ブームか変容かを見抜けなければ語れない

 「お前が言うな」と言われるのを覚悟&禁止したうえで、感想だけ書こう。長くなると感情論になりそうなので何だが。


ケータイ小説を理解できない人間は既に老害化しているという衝撃の事実
http://d.hatena.ne.jp/aerodynamik/20071108/p1

 確かに、既存のブンガクからケータイ小説を読むと「はぁ?」という話になるようだが、ひとつの市場としてケータイ小説が若い男女に流行して、それ専用の商売が成立しているという現象は認める。


 一方で、ケータイ小説を理解できないと老害であり、変化に対応できていないクズ野郎であっていますぐ泉下の人となるべき生きた化石かというと「まだ分からない」。


 ぶっちゃけ、フラフープが流行して、あれこそ老若男女こぞってやりまくって「21世紀はフラフープの時代」とか「ちょっとした娯楽としてフラフープを一人一本常備」というような流れになったかと言われると結果論としてNOだったと同じことになる可能性はあるよね、という流れが表面。


 ビリヤードやスキーが流行して、若者がこぞってビリヤード場やスキー場に大挙して押し寄せ、一大市場となって盛り上がって日本の文化として定着するかと思いきや、しばらくして面倒くさくなって飽きられ極一部の趣味人が楽しむものへと回帰していって一定の市場に戻ったという流れが少し深め。


 情報摂取のツールとしてケータイが登場し、ファッション的な使われ方からリテラシーの根幹として若者文化として定着、多感な十代を携帯メインで過ごし、二十代以降の勤労世代となってもPCよりケータイを主要なツールとして使用し続ける傾向が強くなって、雑誌や新聞、テレビからだけでなくPCからも離脱しようとしている流れがもっとも深いとこ。


20代はPCを使わない?
http://facta.co.jp/blog/archives/20070622000441.html


 携帯から情報を摂取しようという若者がこれだけ増えて、音楽(CDなどのメディアからケータイで聴く市場が大きく進捗してレコード業界を直撃している)から動画、文字情報(雑誌記事のようなテキストだけでなく動画までもケータイで済ませテレビも飲み込みつつある状況)までほぼすべての情報が、ケータイというプラットフォームで済ませられる割合が増えた以上、小説だってケータイで読まれるようになるのは当然。


 そういう市場が、主に十代によって成立しているからには、三十代や四十代が好むような小説とはまったく違った異質なものであるのも当たり前だ。逆にそうでなかったら驚く。そういうケータイ小説で育った世代が勤労し始めてなお、いまのケータイ小説のようなクオリティで満足するかどうか(世代をまたぐか)を見届けない限り、ケータイ小説に理解のない人が老害であるかどうかは何とも言えない。女子中学生の間での流行で終わり、それこそフラフープのような一時的なブームで終わるのか、それともさらに表現系が強化された素材を携帯などの情報端末で一生楽しむようになるリテラシーそのものの構造的変化に直結するのかは結論を出そうにも無理だろうという話である。


 個人的には、ヲタ向けの萌えが記号化され、構造化されて、ヲタだったらこれを喜ぶだろうと判で捺したようなエロでも何でもヲタが殺到するのと、航空力学が鋭く指摘するような「小学生が書いたかのように稚拙な文章。ただ泣かせる為だけに考えうるだけの不幸を並べ立てた不感症のような展開。どの本もセックスとレイプと病死が判で押したように繰り返される構造」というのは相似形に見える。


 ケータイ小説を(笑)つきで馬鹿にするのもネットを主戦場にするヲタばかりだ。同属嫌悪とも言える。でも、どちらも市場を形成しているのだから、それこそBURSTとか読んでるヤンキーとかと同じくイケスのなかの魚が隣のイケスの水はマズいと酷評しあってるのと大差ないように思う。奴らもネットやってアニメ観てるヲタはキモいし近寄りたくないと思っているはずであるから。


 少数民族である洋ゲーヲタとして私が敢えて言うなら「老害ではない。詳しくもない世界の行く末など見通せない。ケータイ小説がどうであるか、評価すらできない。ただ、それは種族が違うからにすぎない」ということになるのだが。


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Comments

音楽にしても、アニメにしてもどんどんクオリティが下がなー
審美眼のない視聴者を量産してこの先どうなるんだろうか
悪貨が良貨を駆逐する状態のような~

これは分かりやすいな
さすがだ

まぁやりたい奴は勝手にやれよ、但し回りに迷惑をかけない範囲で。

というのは携帯小説に限らずたいていの趣味やらなんやらで当てはまる訳で、別にお前がなに読もうが知ったこっちゃないけど、職場でぶつ切り&貧しいボキャブラリーで喋られたら困る。

俺にはその程度。

「ケータイ小説」に共鳴できるのが当該世代に於いて多数派であるか、というのが疑問なんだけど。銭になってるのは事実としても。

パチンコに注ぎ込まれる金が膨大だからと言って、パチンコに興じるのが日本社会の多数派ではないんじゃね?
構図としては、底辺に近いあたりが煽られて小銭巻き上げられているという点で、オタも含めて相似形のよーな。


団塊もゆとりも、まずは、ネトラン嫁ってことでどうでしょうかと・・・

>>二十代以降の勤労世代となってもPCよりケータイを主要なツールとして使用し続ける傾向が強くなって、雑誌や新聞、テレビからだけでなくPCからも離脱しようとしている流れがもっとも深いとこ。

↑これはもう、私ですら数年前から指摘しまくってることだから、今どきは「もっとも深いとこ」でも無さそうな気もするけどね。何事も(歩むヤツは)日進月歩ですから。今はもっと別の「深いとこ(笑)」が、あるんじゃないですかね?

 世の常から言えば、何事につけても「歩まない」層が確実に居て、それこそ常に拡大再生産されうるマジョリティであるってことで。歩んだ時点で負けなんだよね。

 歩まない。これ最強。加齢と経年劣化で自然と歩む件について言えば、「敢えて逆行」によって歩んでないのと同じような風情を醸し出すことで、表面上類似化できるだろうけどね。
 それやって、ある日突然「これ以上戻れない壁」にぶつかった時って、すげえショックなんよ。どんなに若造りしても小皺や染みが隠せないおばちゃんアイドルみたいなもんで。

 人は皆老いる生き物ですよ。

つーかさ、単に一部の若年層向け娯楽小説が紙媒体から電子媒体に変遷しつつあるだけなんじゃねーの

要約すると、全ての未来予測は、そのとき予測した未来に
なってみるまで、アタるかハズレるかわからない、
ってことですよね。結局、結果論でしか語れないわけで。


それと、隊長!コアマガジン社のBURSTは、裏ブブカ
と同時期に休刊になってますよ!2005年ぐらいの話です!
せっかくの長文が台無しです!

ケータイもっていないので…

売れるというのは大変で、
売れ続けるとなるともっと大変で、
飽きなければ大したもんだよね。


さ、徹夜、最終日だ。
そこは、ケータイ小説と無縁な世界だな。


あ、たださ。
ケータイで読んで、さらに本を買って読むのか?
ここが怪しいな。
あと、図書館の学芸員の目にかなって、
ちまたの図書館の中に入れば、
本として評価されたでいいのかも。
で、10年後も、たまにでもいいから読まれるということね。

>「お前が言うな」と言われるのを覚悟&禁止したうえで

 お前が言うな、と言っておこう。言われたいんだろ? ん? ん? んんん~??? ん?

 … ぅ わ く っ せ え !! み ど り 超 く せ え !!

そういやラノベ系の作家が
ミステリとかジュブナイル系の
一般市場に食い込もうとする流れもあるし、
10年後には違ったケータイ小説がみれるかも

逆にSFとか見ると
単なる様式の深化→衰退の流れかも知れんけど

すでに誰か言ってるだろうと思うけど携帯小説って大映ドラマみたいなもんじゃないの?
大昔、「スチュワーデス物語」を笑いながら見るのがはやったけど、当時俺の知り合いだった厨房は、普通に人気ドラマだと認識して真正面から素直に見て感動していた。
携帯小説もそのようなものなんだけど、今回大人たちがなにか謙虚になっているのは、「携帯で儲けたい」という下心のせいじゃないかなあ。
下心があるために、大映ドラマのときのように笑いながら読むという余裕を失っているんじゃないだろうか?

>コアマガジン社のBURSTは、
>裏ブブカと同時期に休刊になってますよ!
でも、『TATTOO BURST』は、ありますな。
http://www.coremagazine.co.jp/burst/tattoo.html

ケータイ小説については、まだなんとも…
イメージだけでいうと主に読んでる人間が、
山田悠介の『リアル鬼ごっこ』を面白いと思っている層と、
ダブル気がします、『主に十代によって成立している』せいか。
『ケータイ小説』でも、メディアの特性を生かして、
スティーヴン・キングのような人間が出てくれば、
また違った流れになるかもしれませんが…

なんか『山田悠介』を、大量生産している様な…
(まぁ両方とも読んでないんで、
読んだら本当はおもしろいのか?)

ケータイ小説?
携帯電話で通話以外する習慣の無い俺は困った。仕方ないので俺の外部情報の全てであるクローズアップ現代の録画アーカイブを漁ったところ、やはりあった。9/27「女子中高生が熱中?新小説」。さっそくどん兵衛を食べながら視聴だ。つゆは塩分が多いから粉末スウプの半分は入れないようにし給えよ、君。
正味25分、全部を完璧に把握できた。では俺が説明してやろう。

まとめ
(1)新しいメディア体験:ケータイで読むという行為が新しいメディア体験である
(2)ウェブで観測された先行例:ウェブでも10年ほど前に同じ「新しいメディア体験」があった
(3)メディア体験“ケータイ”の特性:メディア自体の体験をシミュレートする
(4)アドベンチャーゲームと似た構造:読者さえも物語の構造とする手法
(5)なぜ駄作がヒットするか:メディアがあるにもかかわらずソフトが無いから
(6)結論:内容は重要で無い、携帯電話の表現が現状維持ならケータイ小説は定着するだろう

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(1)新しいメディア体験
携帯電話で小説を読むという行為をテキストをディスプレイに表示させて文字認識すると還元してしまうと意味を失う。我々がビデオカメラで旅行先の風景を納め、それをテレビに表示させて鑑賞するとき、ソースを知る撮影者以外はテレビの画面こそが体験となる。これは旅行にいって風景の中に立つのとは異なる体験である。
同様に携帯電話での体験も独立して存在する。たとえテキストを読むという単純な行為であってもだ。

(2)Webで観測された先行例
類似例としてWeb初期にあった鬱日記を挙げたい。そして実際に「小説」であった『絶望の世界』もだ。
このどれもウェブ日記の体裁を取り、当時のテッキーな読者にとって(非常識な内容にもかかわらず)体験を容易にトレースできる様式だった。実際、鬱日記は順番に読んでいくと抑鬱な気分になったものである。
『絶望の世界』は当初いじめられっこの日記で進行もライブであり、フィクションかどうか判別できなかった。徐々に逸脱した行動が記述されるようになり、フィクションではないかと思われるようになったが、当時のウェブには何でもありうるという雰囲気とあいまって体験を共有するようなグルーヴを感じる作品であった。
今改めてみると、日記なので表現は雑だし出来事は突拍子も無く、文庫で出ても面白く無いだろう。まさにケータイ小説の先駆例と言える。

(3)メディア体験“ケータイ”の特性
(通常の固定の)電話越しに電話の通話だけで成立する演劇が行われたらどんな印象だろうか。とてもリアルで新鮮な体験では無いだろうか。
かつて2chで釣りが一般的になる前に新興宗教に勧誘されるというシナリオをスレッド上で演じた劇団員が居た。これには多くの人が釣られ、共感し憤った。電車男よりずっと前のことだ。
このようにこの種のメディアの特性はそれを使っているシーンをそのまま体験環境として流用できるところにある。
ウェブサイトの日記形式の小説は知り合いの日記を毎日読んでいるようなもので、鬱すら伝染るほどの距離感である。同様にケータイ小説にも他のどのメディアとも違う普段のメールや通話のような距離感と体験があるのだろう。

(4)アドベンチャーゲームと似た構造
このようにケータイメディアはそのメディア上でのユーザー体験を借りてくることができる。そして小説の物語も、ケータイユーザー層に身近な設定(高校生活、恋愛、幻想としてのホスト遊びや援助交際等)だけでなく、ケータイを操作するユーザーの設定そのものを流用して物語の中にはめ込むことができる。文章を理解して感情移入するよりもさらに進んで環境として既に感情移入できる距離にあるのだ。
30代以上なら分かるように、これは「主人公は…あなた!」のアドベンチャーゲームと同じだ。初期のアドベンチャーゲームの主人公は何も語らなかった、語るとイタくて感情移入できないものだった。
いずれにしろ、ユーザーが物語に組み込まれることで体験がより強化されるのである。

(5)なぜ駄作がヒットするか
世間的に引っかかっているのはここだろう。DeepLoveのような猿のキーボード遊びを売れているからと肯定するのは難しい。しかしパソコン黎明期だってこれは酷いというソフトも飛ぶように売れていたのだ。しかもずっと高価なのに。あーそこ、スタジオWINGとか具体的に言わない。
9000万台というメディアがあり、そこにそれだけに生じるメディア体験があるにもかかわらず、誰もソフトをリリースしていなかったのだから売れないほうがおかしいと考えるべきだ。
テレビで見た年増のOLが書いてるらしい「クリアネス」とやらはテーマはともかくずっとウェルメイドな様子があり、洗練されて見えた。
市場があり才能がそこに集まるなら、もっと洗練された作品がこれから出るだろう。よかったよかった。

(6)結論
つうわけでケータイ小説が続くかどうかはパソコンのアドベンチャーゲームを見て考えた方がいいかな、と思ったり。
よし、山下章先生を呼べ!

(おわり)

>単に一部の若年層向け娯楽小説が紙媒体から電子媒体に変遷しつつあるだけなんじゃねーの

そうじゃない、そんな簡単なことだったら既存の出版社はケータイで儲けまくってるよ
簡単じゃないからみんな困ってるし、yoshiのようなヤクザあがりのクソ作家でも大事に扱ってるということを気づいて欲しい

>それと、隊長!コアマガジン社のBURSTは、裏ブブカ
と同時期に休刊になってますよ!2005年ぐらいの話です!

BURST休刊は売れ行き不振じゃなくて・・・
TATOOになってから実売そこそこ伸びてるんで、そのコメント内容は根本から間違ってるor隊長の言ってることの方が正しいです

>>よし、山下章先生を呼べ!

いま山下章氏って何してるんですかね?

>いま山下章氏って何してるんですかね?
池袋でゲーム関連の編集プロダクションを経営してると聞いたが。

ところで上のクローズアップ現代の番組自体はもっとプレーンに現象をレポートして偉い人が(主に文章表現の)講評してる内容なので俺の書いてることとは全然違うよ、ちゃんと知りたい人は放送の録画でも見てくださいね。

>>池袋でゲーム関連の編集プロダクションを経営してると聞いたが

速攻のお返事ありがとう
そか、現役なのか
ベーマガ時代に楽しく読ませてもらってたので
懐かしい名前だーって思ったけど

>>ところで上のクローズアップ現代の番組

これ、BSのETVだかの再放送で観たが、確かに
そんな感じだったね

>下心があるために、大映ドラマのときのように笑いながら読むという余裕を失っているんじゃないだろうか?

反省した 余裕がないのかな俺

>池袋でゲーム関連の編集プロダクションを経営してると聞いたが。
一応、↓
『株式会社スタジオベントスタッフ』
http://www.bent.co.jp/
>(5)なぜ駄作がヒットするか:
>メディアがあるにもかかわらずソフトが無いから
>(6)結論:
>内容は重要で無い、携帯電話の表現が現状維持なら
>ケータイ小説は定着するだろう
なるほどねぇ。つーか、この短い時間にコレかいたの?

>この短い時間にコレかいたの?
うん、オイラベロってんだ、ヘヘッ。

ケータイ小説本体は読んだこと無いんだけどね。

http://portal.podcastjuice.jp/dirretrieval/feed_detail.cgi?blog_id=6973
11/16(金)コラムの花道は豊崎由美さん。きょうは「大人気・ケータイ小説をめった斬り」

TBSラジオでやってました。

ケータイ小説を読んだことがありませんが、どうも、新堂冬樹(テレビドラマになった黒い太陽・・・この人の本の中では、まだソフトな方)
の鬼畜系小説の女性版みたいですね。

どっかの賞を取った、「蛇とピアス」とかも女性版の鬼畜系の走りですよね。


まー、一時、ゲームの脳が根拠がなく話題になりましたが、今度はケータイ小説系の鬼畜脳が流行るのでしょうか。

小説に刺激を求めるのは分かるのですが、世の中が、そんな感じと思ってしまう人が出ないか心配です。
同様な刺激を求めて、ミイラ取りがミイラになって、現実でだけはしないでほしいですね。

最近の犯罪報道をみると、ちょっと影響がありそう?

若いうちから、そんなにダークサイドに走ってどうするんですかね。
将来の夢は、暗黒麺に支配されるイカ墨ダースベイダー。

老害必死だなw


携帯小説を怖がって理論武装なんてしなくても、技術進歩でケータイの文字表示機能が進化すれば勝手に携帯小説は「今の」短文形式からは脱却しますよ。

それでも青少年向け小説という永遠のジャンルは青少年がいる限り消えることはないけれど。


ケータイ小説はシンプルに「自由競争」だったからでは?
極論を言えば、ドラマや映画だって自由競争のシステムができりゃ成功しそうな気もするけど

自由競争の代表例
マンガ:数十年前から続く圧倒的な競争社会
2ch:ニュースとニュースの自由競争

他に小説で自由競争できる場(ネットでもなんでもかまわないけど)が出来ない限りは
ケータイ小説はブームで終わらず何十年も生き残りそうな気がする

世代間の感覚の差異は当然ながらに在る。
永遠に走り続けなければいけない訳でもないし
それぞれに自分の時代があってその時代を愛しく感じるのは別に老害ではない。
違う世代のムーブメントに共感できないのも老害で無いし、むしろ追いかけ続けているのも滑稽である。
ただ自分達の生きて来た足跡を否定されるような大いなる被害妄想が膨れ上がり違う世代のムーブメントへの否定が在ったりはしそうで、それ自体はお粗末な感じを受ける。

>BURSTとか読んでるヤンキー

グランツーリスモばかりやってるWii購入者
くらいズレておる

携帯小説読んだ事ない人って、昔の小説を携帯電話に入れて読まないの?
青空文庫でダウソ出来るじゃない。
PCでは長文読むのがだるくても、携帯だと寝そべりながら読めるから楽なのよ。
コンテンツの中身じゃなくて、携帯電話の手軽さが受けてるだけ。
携帯電話のカメラだって、携帯電話についてるから流行っただけで、カメラ単体で買う人は少ない。
カメラの売り上げがいいから俺の話間違ってるかもしれないけど。

なにが昔の小説だダホ

貧乏人にはPCを買う金と使いこなす余裕が無いだけでしょ。

 貧乏人とはそういうもんだって割り切りを持って事に臨めば、時代の最先端とは何ぞや? ってのは、多少は分かるでしょ。多少分かってから、それを売り物にするのが難しいってだけ。
 麒麟の田村さんの貧乏話が「本で」売れて印税9000万円逝ったそうだけど、ケータイ小説でそんな麗しい話は聞かんからさ。
 ケータイって、今のところは貧乏メディアってことなんじゃないの?

情報端末としての「本」、特に文庫本は大変優れていると思う。

落としたり曲げたりしても壊れない、軽い、安い、電源が不要、等々。

表示媒体としては解像度が高く反射型であるため、低解像度で透過型のCRTや液晶に比べると目が疲れにくい。

欠点としては大量に発行しないと利益がでないため、少部数の発行が出来ないこと、双方向性に欠けていること、暗いと読めないこと。

携帯小説云々をそのコンテンツの貧しさから語るのは、論点を誤っているように感じる。初期のオペラはエログロサスペンスばっかりだったし、歌舞伎も下世話な話が多かった。

印刷と違って気軽に書いて、気軽に発行できる分、思わぬ名作が出てくる可能性は高いんでしょう。とはいえ、編集者の手が入らない分「悪文」も多くなりそうではありますが。

そもそも携帯でテキストを読むのは目に厳しいのだが
数年後には一億総近眼化なんだろうか

>>携帯小説云々をそのコンテンツの貧しさから語るのは、論点を誤っているように感じる。

 そらまあそうなんだけどね。でもだからって「豊かさ」を追求したりベースに据えたりすると、今度は豊かさの維持に金が掛かって客を選別するようになるんよ。そしたら、どんなに優れたコンテンツも普及はしないの。普及しなければ、先は無いの。
 実際に相手方がリアル貧乏であるかどうかは、どうでもいいのよ。ただ「貧しさ」をベースにしないと厳しいね、ってだけ。
 流行りモノの主力購買層ってのは小中学生・高校生・主婦・ニート、あたりでしょ。そういった連中の購買力って、低いじゃん。単純に。貧乏じゃん。比較的に。そのへんをベースに考えろってこった。みどりみたいなお金持ちwwwwwは、その時点でダメなんだよ。

 別に顔が気まずいからとかハゲてるからとかケチだからとか素で臭いからとか、そういうのが理由になるわけじゃないんだよね。そこは、どうでもいいのよ。ただ、嗚呼この人は違う世界の人なんだねって思われたら、もうその時点でダメなんだよ。打つ手無し。あってもプライドが邪魔してやらないしセンスがズレてるから出来ないんだ。プライド低くしてセンスばっちり合わせて万全だネって思っても、「薄利多売ベースで考えたら明らかに大損コキ麻呂だから出来ねぇぇぇぇぇぇぇ」で、やんないのよ。
 そういうもんだ。

 自分の小遣い500円しかないのに500円奢るとか。そういうレベルから好感度高めにゃダメなんよ。

 オラはそういった「自分の小遣い500円しかないのに500円奢る行為」を分かってやってるからダメなんで、世の中には稀に「知らずにやらかす超いい人」ってのが居るもんなんよ。実際にそんなこたーなくても、そういった幻想を感じられるか否か。コイツ、まじでええヤツや…って思うか否か。そこに「こそ」まず金が落ちるんだってことを、頭のいい人は理解できないのよ。理解できたとしても、自分じゃ実行できんのよ。だって世の中そういうもんだから。
 庶民や貧乏人のあり方や理想ってのは、何時の時代も変わらんよ。ただ残念なことに、人間誰しも貧しかったあの頃のことは忘れるか捨て去るかするんだよ。

 だって世の中そういうもんだから。

 人間どんなに偉くなっても賢くなっても素敵になってもお金持ちになっても、貧しかったあの頃のことを忘れちゃ遺憾のですよ。豊かさなんてのは仮初めのもんだから。
 一皮剥けば皆貧乏だし、死ぬときは裸一貫なんだから。

三島由紀夫さんもいってることだけど、小説って「告白」の体裁なんですよね。
生活空間では断念されてきたもやもやした気持ちの清算、「分かって欲しいこと=“何か”が足りない感」を言葉にして伝える難しさが前提としてあって、例えば、
「僕が大事に思っているA(例えば、電子ペット)は、君にとってのB(生き物のペット)と同じなんだ。だからそれを大切にしようとする僕の営為を尊重してくれ」とか、
そうは言われても中々翻訳できない事柄を、どうにか分かりやすいものにしようという格闘の連続だった。
だから、通事性が予め担保されているコミュツールは媒体としてありがたいといえばありがたいんだけど、
コミュツール(電話とか)は「ねえ、聞いてよ。私って可哀想でしょ?」的な脚色が嫌われないという特性があり、
「自省ってもんが疎外されるんじゃないか?」という危惧がある。
ウェルメイドの弊害は対話法の類型に実際の人生が収まってくれないことだけど、せっかくの「告白」が類型化の心地よさのおかげで索引として昇華しない、(仲間内でしか機能しないうえに、多分に「ヒロイン症候群に同調しろ」的空気を意識しなければならないから八方美人、つまり一面的なので)使えない。これでは、同じ前提を持つコミュツール内の係わり方の参照点としては適当かも分からんけど、(同じ前提は持たないが、時として私的な関係を持たないわけにはいかない人)他人との話法として適当というには難しい。
とすれば、「告白の体裁としてどうなのさ?」という話にもなり、それは「小説としてどうなのさ?」という話でもある。ここが今の隔絶の原因なんでしょうね。

長文失礼しました。

ケータイ“小説”なんて体のいい名前がついてるからダメなんじゃね?これは小説かもしれないけど、いわゆる小説とは違ったモノですよって、こんなの、どうみてもアレだって、誰でも分かるでしょ?人気のブログが本になるとか、電車男が本になるとか、それでその本が売れるとか、そういう次元の商品でしょ。だから、そういうものなんだよ。

世代という議論を持ち出すなら、
今の10-20代の親たる世代がどの程度
PCリテラシーを持っているか、にも
ちょいと頭をめぐらせるといいんでね?

PCに強い、最初の世代ってのは、
圧倒的に今の20-30代だと思うんだよね。
それらの直接の薫陶を受ける世代がこれから
出てくる、というのも一つ面白いと思うんだが。


それと同じことを、いのえもんが別冊宝島リアルに書いてたよ。

>それと同じことを、いのえもんが別冊宝島リアルに書いてたよ。
その前にラジオで隊長が言っておったわけでw

なんだかんだ言って、みんなこの話題好きなのね。

やはりここは隊長がひとつ革新的な携帯小説を書いて、世間の評価を変えてしまいましょう。

 発展したら負けだと思ったほうがいいよ。所詮お遊戯ですから。

昔の小説と書いたら噛み付くのか。
ぷいぷいは苦しんで死ねよ。死ね死ね。
さっさと死ね。やくただずが。

山本でてこいや。
なんでぷいぷいの書き込み乗せたんだよ。
明らかに叩きだろ。
お前は博之訴えて自分のblogは放置なの?
卑怯だろ。

何がダホだよww
俺が読んでるのは銀河鉄道の夜だが、昔の小説と書いたら悪いのか?
さっさと出て来いや山本!!!!!
早く謝れや!!
お前の不手際だろ。
土下座しろ

ブログとケータイ小説って、文章の技量では同じでは?
あの極東ブログだって、ミステリーでしょ。
ただ、ケータイ小説が恋愛に偏向しているだけで。
「皮肉史観」というのは笑った。
拗ねているだけなんだとおもうなぁ。

あと、「けもの道」とかあるけど、
「けもの道」を歩いたことがない人たちが、
みんなで、おーー、俺はけもの道を歩いているぞーでさ。
安全なところから出るわけでないんだよね。
なにより言い出しっぺが、webそのものは、なんか創ったのかな?

なんか、みんな広告、広く告げると得するから、
広く告げないと気がすまない病気なんでは?

ケータイのコンテンツ市場は実は大して大きくない。

> 音楽配信も実態は物理メディア4000億円(約90%)に対して
> PC向けが50億円(約1%)。飛ぶ鳥を落とす勢いの携帯電話
> 向け配信でも500億円(約10%)である。
> 電子コミックも似た様なもので5000億円市場に対して
> PC向けが25億円(約0.5%)、携帯電話向けが165億円(約3%)。

http://anond.hatelabo.jp/20071031104538

たいちょ、とりあえず「ぶっちゃけ」を使うのははヤメレw

>ケータイのコンテンツ市場は実は大して大きくない。
なにそのいい加減な試算

なにが銀河鉄道の夜だダホ

NHKで10時からケータイ小説の特番あるぞ

第203回
ケータイ小説@2007.jp ~藤原新也・若者たちへのまなざし~
http://www.nhk.or.jp/etv21c/index2.html

 ほとんどの人間は高度なものより安易なものを選ぶし、初期投資高くても長く使えば元が取れるものより(どうせそこまで入れ込まないから)初期投資が(比較的)安くて使い捨てしても惜しくないものを欲しがるでしょ。それを称して「動かない」であってね。そこから動いた商品は、絶対廃れるよ。

 そういや最近ブームか何か知らんけどプロペラで空飛ぶおもちゃ出るそうだけど。最初にパーッと売れるのは間違いないだろうけど、どうせ「プロペラが目に入って大怪我!!」「指切った!!」みたいな事件が続出して販売中止?になるよ。きっと。ユーザーのダメ力を舐めちゃ遺憾。

 凄い上手なヤツが「これやってみ? 面白いよ?」って言っても「出来ない」のひと言で却下だし、賢いヤツがこういう発想面白いよね? って言っても「分からない」のひと言で終了だし、絵や歌の上手いヤツが見聞きさせても「ウザい」って言われたら轟沈よ。娯楽ってば、所詮そういうもんさね。

遊びが足りない。
なんでも、金儲けとか仕事、仕事、仕事で。
たしかに、仕事中はパラノイアの方がいい。
でもな、仕事を離れたら、正反対で、いい加減で、遊ぶ。
なんせ、茶碗とサイコロだけでも遊べるのだし。
ということは、来年は、ケータイ・チンチロリンが流行る!
そっか、ケータイ小説は、言葉のチンチロリン。

120 :名無しさん@八周年:2007/11/18(日) 12:36:52 ID:j8O57E7o0
なんか酒を知らん糞ガキどもが湧いてるな。

美醜合わせ飲んでこその酒。
醜くしてもいい馴染みを作ってそいつらの前でベロベロになるのが正しい泥酔。
それでもなお行き過ぎた泥酔しちまったらてめえでケツ拭くんだよ。
馴染みが作れないガキは泥酔するな。
ケツ拭けないガキは泥酔するな。 
しかしおっちゃんはかわいそうだな。

121 :名無しさん@八周年:2007/11/18(日) 12:39:46 ID:afGo+H7w0
>>120
同意。
若い時に気の置けない仲間と正体無くした事の無い奴は不幸だ
ね。

ここまでくるとなんかゲームみたいだな

高田「なに!グライシンガーが!?は、早く引き止めるんだ!!」

「監督!!ラミレスが!!」

高田「次はそっちかよwww 死ぬ気で引き止めろ!いいな!!」

「じゃあ、ボクは用事があるんでそろそろ失礼しますね」

高田「おぅ、お疲れー どこ行くんだ?」


石井「ちょっと、西武さんのところまで」

高田「待て━━━━━━━━━━━━!!」

ケータイ小説はすでに死す。時はきのえにあり天下外吉。
今の文學会にはロクなのがいない。
blogも小説ですからブロガー最強説
日常的に事件を捏造している人が強いです。例)朝日の記者

昔から才能のある人は同人界隈に居ます。
最近はニコニコあたりに集まりだしている漢字がします。

ケータイ小説はすでに死す。時はきのえにあり天下外吉。
今の文學会にはロクなのがいない。
blogも小説ですからブロガー最強説
日常的に事件を捏造している人が強いです。例)朝日の記者

昔から才能のある人は同人界隈に居ます。
最近はニコニコあたりに集まりだしている漢字がします。

本物の天才は、目立たないし、
もし知り合いなら迷惑そのものだよな。
きっと、ソフトバンクにはいるんだろうな。
ソフトバンクのケータイ・アミューズメント事業はどうなってんだろ?

>ケータイのコンテンツ市場は実は大して大きくない。

物理メディアの市場のほとんどは流通コストなんで、小説を書く側読む側から見た市場のサイズは大差ない。

携帯小説と同人産業は「流通の中抜き」という点でみれば同じ現象である。

本屋と問屋は死ぬほど心配した方がいいが、それ以外の人間には限りなくどうでもいい世界ですな。


…ただ、「恋空」がヒットした(ホントか?)からマスがこぞって特集しているのかと思ってたよ。

その特集も広告代理店の差し金だったりするのかなぁ…。


そうそう、ビール党の忘年会はやるのかね?
できれば居酒屋モードでお願いします。

ケータイ小説(ハード)
ケータイ小説(ソフト)

は別だから、と言うことか。
ハードなら悪くないじゃないですかね
どこぞの会社が勝手に線で繋いでた
電信柱みたいに普及してますし。
ソフトはクソゲーだな。

>>ケータイのコンテンツ市場は実は大して大きくない。
>
>物理メディアの市場のほとんどは流通コストなんで、小>説を書く側読む側から見た市場のサイズは大差ない。

そうか?数量ならまだしも市場サイズは金額(10%未満)そのものだと思うが。
で、数量の大きい大成功のケータイの音楽販売のほとんども着メロ(非フル)なわけで…
もう種類が違うとしかいいようが無いと思うね

この書き方は
市場に淡い期待を抱く自転車屋と、狂乱寸前の馬鹿が、大勢押し掛けて綺麗な餌場を食いつぶさ無い様に警告してんのかな?
バランスを乱す事柄に至っては、警戒心から来る軽いイラつきも交えながらも、忙しくてもblogにこまめに書くのな(笑)

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    やまもといちろう

    ブロガー・投資家・イレギュラーズアンドパートナーズ代表取締役。
    著書に「ネットビジネスの終わり (Voice select)」、「情報革命バブルの崩壊 (文春新書)」など多数。

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